日記・コラム・つぶやき

2009年10月 8日 (木)

台風で倒れた木

今朝の通勤途中の事。台風の影響で、街路樹が1本倒れていました。

神戸の方はそんなにひどい風ではなかったのに。

最近、その木の傍に、超高層マンションが出来たので、普段からビル風が吹くようになっていました。

台風の時、その木には相当ひどい風が当たっていたのでしょう。

倒れた街路樹は私の大好きな泰山木の木。根っこが飛び出た無残な姿を見ると、少し心が痛みました。

夕刊に、和歌山で、ミニバイクで新聞を配達中に、倒れた木にぶつかって、亡くなった方の記事が出ていました。とても、お気の毒に思います。

私の勤務する会計事務所も、新聞舗の顧問先様が数件あります。台風の時など、新聞を配達するのは、本当に大変な事と思います。

私は毎朝、起きるとすぐに新聞を読むのが、日課になっています。雨の日も風の日も、届けて頂いて、本当にありがたく思います。

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2009年5月21日 (木)

リュックを背負い、マスクを探して薬局を梯子

神戸に住んでいるので、今は大抵の人がマスクをしています。私は、自転車で通勤していますが、電車通勤している職場の他の人が言うには、マスクをせずに乗り物に乗ったりするのは、気が付かない人みたいで、出来ないそうです。

でも、マスクどこにも売っていません。我が家は、私のだらし無い性格が幸いして、冬に風邪引いた時、マスクを買っては無くし、またマスクを買って…といつもやってしまうので、何枚かマスクの在庫が有って、助かりました。

その上、18日の朝の時点では、会計事務所向けの事務用品店、エッサムで、マスクを発注出来、翌日一箱手に入れる事が出来ました。これで、当分マスクを手に入れる事に気を取られなくて済むとホッとしました。

その日の帰宅時、ドラッグストアーで、マスクを手に入れられない年配の男性が店員さんに、「ガーゼで作るしかないかなぁ。」と話している所に出会いました。私は丁度60枚入りのマスクを持っていたので、お分けしようかなと思ったのに、言い出す事が出来ませんでした。

購入商品のレジを済ませて、その方を探してみたら、もうかなり遠くに行かれてて。リュックを背負った寂しそうな後姿が今も心に残っています。

思った事がすぐ言えない自分が、本当情けないです。どうしたら、思った事をすぐ言える様になるのでしょう。

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2009年1月18日 (日)

嚥下性肺炎で姑が入院

85歳の姑が、先週の水曜日から、またまた入院。病名は嚥下性肺炎。

平日は義姉と姪が病院に行ってくれるので、土・日がうちの担当です。

日曜が私の担当なので、今日病院に行っていました。12時前から、7時過ぎまで病院にいました。

絶食で、点滴治療なので、特に何も手伝う事無いかと思っていましたが、結構色々と用事が有りました。

姑は大腿骨を両足とも骨折してからは、寝たっきりです。入院してしまい、ケアで受けていた入浴や、リハビリが受けれ無く、「足が痛い、痛い…。」というので、シップを貼ったり、さすってあげたり。

お茶を飲む事も止められていて、「口が渇く」というので、何回か口の中を水を含ませたガーゼで拭いてあげたり。白内障の目薬を点してあげたり。

いつもの仕事とは違う、別の時間が流れていました。

ビジネスの自己啓発本が好きで、時間の管理に関する本も何冊か読みました。隙間時間を大切にとか、時間を無駄にしないよう書いてあります。

こういう介護をしている時間はどうなるのでしょう…。

これも、大切な時間ですよね。

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2009年1月 3日 (土)

今年もどうぞよろしくお願いします

明けまして おめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願いします。

お正月は、テレビで箱根駅伝を観るのが1番の楽しみです。

東洋大の柏原くん、山のぼりで、スッゴク早くてびっくりしました。その甲斐あって、東洋大が初優勝した瞬間は、とても感動しました。

この駅伝の為に、相当なトレーニングを積んだはずなのに、途中棄権になってしまった大学は、本当に気の毒に思います。

毎年、箱根駅伝から、あきらめない心や、勇気、目的に向かってひたむきに努力する姿勢を教えて貰っています。

ブログへの書き込みも、休み休みですが、いつのまのか1年以上たちました。

訪れて下さった方には、心より感謝します。

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2008年11月16日 (日)

軽い本を持参したくてカミュの「異邦人」選択

先日、慰安旅行で城崎に行きました。帰りのはまかぜの車中は、1人だけ、指定席がみんなと、離れていました。で、出来るだけ軽い本をと思い持参していた、何度か読んでいる、カミュの「異邦人」をまた、読み返しました。

主人公のムルソーは、自分の心の動きにのみ忠実です。自分の心に嘘を付いて、世間の人に合わせたりはしません。

18歳の時に、初めて「異邦人」を読んだのですが、自分にもムルソーの様なところが有ると思いました。

大学の英語の授業で、オーストラリア人の先生の授業がありました。前回、この先生の授業を欠席した者は、1人ずつ、英語で欠席の理由を言わされました。

パチンコをしてて授業をさぼった男子が、「アルバイトをしていました。」と答えたら、「グッド!」で終わりでした。

次、私の番。私は、「アイワズ タイアド」と言ったのです。そのとたん、その外人の先生は、「タイアド!タイアド!タイアド! 」と大きな声で繰り返しました。自分は授業が沢山あるから、もっと疲れているとかいう内容の英語を、物凄く大きな声で私に向かってどなり出しました。

次は、スナックで夜バイトしている、やたら化粧の濃い女子の番。彼女が欠席理由を言う前に、「ユーアーヴューティフル!」と言い、彼女だけは欠席理由を問われないまま…。

このことが有ってから、一時期、外人が嫌いになりました。

でも、いつの間にか、私も嘘をつく事が、上手くなってしまいました。

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2008年11月 9日 (日)

慰安旅行先で見つけた、私にピッタリの言葉

先週の金曜日は、慰安旅行でした。JRの「かにカニ日帰りエクスプレス」で、城崎に行きました。

はまかぜ1号で行きました。姫路から播但線に入っていく時、電車の前と後が入れ変わりました。

城崎のつばきの旅館という所で、食事をしました。カニ刺しが、とっても、美味しいかったです。

その旅館に売っていた、色紙の言葉が気に入ったので、買いました。

お地蔵さんの絵の横に、くよくよするタイプの私に、ピッタリな言葉が書かれていました。

   * なんだ かんだ ほっとけ 

    つまらんこと ほっとけ 時にまかしておけ *

   * 雨ノ日ニハ雨ト歩キ 

    風ノ日ニハ風ト歩ク、 *        ー ひろし ー

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2008年9月28日 (日)

施設に入所させる時の決断は?

要介護4の85歳の姑を、義姉が看てくれています。大腿骨を両足とも骨折してしまった事が原因で、今はおしめになってしまいました。

長年介護をしていたせいで、義姉は腰を痛めてしまいました。また、介護のストレスのせいか、体調も悪く、嘔吐したりする事も良くあります。顔面神経痛になったりも、しました。

それで、主人が「うちで、みようか。」と言い出しました。私が仕事を辞めて看るとすると、収入が夫の障害者年金だけになってしまうので、それは無理。

今は無職の主人が看るとしても、透析中は姑1人になるし…。

それに、私自身の緑内障もあるので、ストレスを増やす事はとても、恐いです。

以前、施設に入れようかという相談をしているのが、姑に聞こえてしまった時、姑は施設に入りたくないと泣くし…。

施設に入れるのは、姑の性格から、とても馴染めないのは分かっているので、本当に可愛そうな気がします。でも、もう義姉が看るのも限界、うちも看れない、となると、決断するしか無いのかもしれません。

施設に入所させる時は、だまして連れていくんでしょうか。

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2008年9月 7日 (日)

病院のベッドで過ごす夜は不安な姑

大腿骨を骨折し、寝ったきりに近い状態の、85歳の姑が、先週の水曜から、入院しました。年去の10月にも、腸閉塞の手前みたいな状態で入院し、今回はそのもう少し、手前位の状態でした。

いつも看て貰っている義姉も体調を崩し、先週の土・日は私が病院で、付き添っていました。土曜日の朝、病院に行った時、「なんか、頭がボーとする。なにが、なにかわからん。」というので、びっくりしました。

看護師さんに聞くと、夜中、「看護婦さ~ん!」と騒いでいたので、安定剤を注射したとの事でした。で、10時30分頃、私が行った時、頭がボーとしていたらしい。

去年の10月に入院した時は、腰も痛めていたので、MRIを取りました。その直後、おかしな事ばかり言い出した時にも、驚きました。「夜も付き添って欲しい。」と病院側の申し出が有りました。付き添うのは無理だったので、最初の入院予定より早めに、バタバタと退院と言う事になってしまいました。

今回も、「夜中に看護婦さんが、黒い服を着て通夜に行きよった。」とか、「カーテンの上に、こうもりがいる。」とか、レビー小体病じゃないかと思われる症状が出てきたので、早めに退院しました。家に戻ると、今の所、おかしな事も言わなくなりました。

いつもは、仕事が1番大事と思って生活しているのですが、病院に1日詰めていると、本当に大切な事がなんなんだか、わからなくなってしまいます。

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2008年8月24日 (日)

ストレスの元凶は私自身

緑内障になってから、生活面でも、色々用心するようになりました。

ストレスも眼圧を上げる要素になるので、なるべくストレスを感じない毎日を送ろうと、心がけるようになりました。

今までの私は、いつも、職場でイライラしていました。いつしか、職場のお局さんみたいな存在になっていて、後輩のする仕事に、不備を見出しては、腹を立てる毎日。いつも、職場の誰かの悪口を言ったり、思ったりしながら、仕事をしていました。

こんな、イライラしながら仕事をするのは良くないと思い、意識を変えました。自分も会計事務所に入った頃は、右も左もわからず、モタモタ仕事をしていたではないか。もっと、余裕をもって、後輩を指導してあげようと思う様にしています。

家でも、そうでした。家族の不備をつっついて、家族を怒らせたり、嫌な気分にさせてばかりいました。

でも今は、家事が出来る事に感謝をしながら生活する様にし、夫や息子の良い点を見、欠点をつっつく癖を改めつつあります。

回りの誰かが、腹の立つ事を言った、…してくれない、とストレスを人のせいにしていましたが、今、気付きました。

ストレスの元凶は私自身でした。1人で勝手にストレスを生み出していたのです。

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2008年8月17日 (日)

OLにあこがれて、そろばん塾通い

私は小学生の頃から、結婚しても、ズーと仕事をしていたいと思っていました。

で、「そろばんが出来ると、就職に有利やで。」という母の言葉を信じ、せっせとそろばん塾に通っていました。

確かに、最初に就職した企業で、そろばんが出来るのは、とても助かりました。回りには、そろばんで、四苦八苦している人が結構いました。

でも、あっという間に、計算機の時代になってしまいました。で、今度は、計算機が早く打てるよう、練習しました。

そして、今やワード・エクセルが使えないと事務員になれない時代…。一生懸命練習して、なんとか、ワード・エクセルが使えるようになりました。

たかが、OLかもしれませんが、ぶれずに、仕事をしていくには、努力するしか有りません。

次にOLに必要な事は、何でしょう? 全然、想像が付きませんが、すぐに変われるよう、頭を柔らかくしておこうと思っています。

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2008年8月 3日 (日)

知らない事の愚かさ

私は、自分が緑内障になって、「よくわかる緑内障・白内障と目の病気」という本をよんで、やっと緑内障という病気の知識を得ました。

それまでは、緑内障は失明する可能性もある目の病気、という事位しか知りませんでした。

何年か前、目の充血がひどくて、近くの眼科に行きました。その時、先生から、「眼圧が高めなので、1ヵ月に1回位は定期的に眼圧を計りに来た方がいい」と言われていたのに、充血が治ったら、通うのを止めてしまいました。

眼圧が高い事が、良くないのが、どういう理由か全然知りませんでした。なぜ、先生に「眼圧が高いと、どうして駄目なんですか?」と質問しなかったのか悔やまれます。

夫の腎臓病に関しても、知識が無さ過ぎでした。

夫が会社の健康診断で、引っ掛かったのは、15年前の38歳の時でした。たぶん、クレアチニンの数値が高かったんだと思います。

暫くは病院に通って、薬を飲んでいたのですが、自覚症状が全然なく、夫はとても元気だったので、いつのまにか、病院から遠のいてしまってました。

その時は、腎臓がどんなに大事な臓器で、悪くなってしまえば、もう元には戻らないと言う事を、全然知りませんでした。私にもっと知識が有ったなら、病院通いを継続する事を勧めただろうし、食事にも、もっと気を使っていただろうと思います。病気の知識が無かった事が悔やまれます。

今は、知らない事も、ネットですぐに調べられ、とても便利になりました。これからは、なるべく早め早めに、知識を持つよう、心掛けたいと思います。

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2008年1月16日 (水)

とにかく怖かった13年前の大地震

13年前の1月17日、寝ていたら、恐ろしい揺れで目が覚めた。マンションの2階に住んでいたが、天井が信じられないくらい波うっていた。きっと、天井が落ちて、床が抜けてこのまま落ちるんだ…。スーと、血の気が引いていく。下の8歳の娘を胸に抱え、布団を頭から被って、神様助けて…。と叫んでいた私。

揺れが収まった。マンションは無事だった。なにが起こったのか良くわからず、ぼ~ぜんとしていると、しばらくして、ゴーという地鳴りが聞こえたかと思うと、又強い揺れ。揺れが収まっても、怖がりの私は、心臓がドキドキして、身体は固まったまま。

夫は、まず懐中電灯を探して来た。次に窓を開けて外の様子を調べ、携帯ラジオを付け、そこらじゅうに散らばっているガラスの破片を片付けてくれた。このとき程、夫を頼もしく思った事は無い。

小学校は?今日は休みなのかなぁと気にしていたが、すぐにその悩みは解決した。学校は、非難して来た人で溢れ帰っていたのだ。

ライフラインが整わないのは、不便だったけど、給水の列に並んでいると、余震の恐怖が、ずいぶん紛れた。

店舗自体、被害をうけたハーバーランドのダイエーは、地震当日に、商品の搬入口の方で、商品を販売してくれた。水と、カップ麺と、乾パンと、カセットコンロを買うことが出来、本当に助かった思いをした。

あの、恐ろしい地震から、もう、13年もたったんだなぁ。地震で亡くなられた方、怪我をされた方、本当にお気の毒だと思います。

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2008年1月 6日 (日)

人の悪口を言わない、りっぱなOLになりたい

毎年、新年に誓って一度も、守れていない事が有る。でも懲りずに、今年も一日の朝に誓った。 「今日から、人の悪口を言わない」 と。

で、守れたのは、たった3日間だけだった。どうしたら、人の悪口言わない性格になれるのだろう。

以前、電車の中で、いかにも仕事の出来そうなビジネスマン3人が会話をしていた。きっと、M&Aとか今のビジネスの最前線の話が聞けるのでは、と会話を盗み聞きしていた。

そしたら、出てくるは、出てくるは、上司の悪口…。ずっと、そればっかり。男性がこんなに、人の悪口を言うとは、思わなかった。

あんな、りっぱな感じがしたビジネスマンでも、悪口を言うのだ。私の様な下っ端のOLが、人の悪口を言わないでおこうと思う事じたい、身の程知らずという事なのかも。

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2008年1月 2日 (水)

箱根駅伝

今日は、毎年、楽しみにしている箱根駅伝を見た。

順天堂大学の5区の選手が、足が痙攣してるのに、まだ走ろうとしていたのは、気の毒で涙が出た。今日の為に、どれだけ練習したことだろう…。

昨年の夏、世界陸上の高飛びを見ていた時も、足がつって、飛べない選手が結構いて、その無念さを思って、涙が出たっけ。

私も昨年の夏,スポーツてクラブで泳いだ日の夜中,今まで経験した事の無い程、激しくふくらはぎがつってしまった。水泳教室で、平泳ぎを習ってて、すこしサマになって来たかなぁって時だったので、スッゴク残念だった。あの日以来、また、あんなふうにつったら怖くて、泳げていない。今だに長くキッチンに立ってたりすると、足が痛くなってしまうし、「芍薬甘薬湯」をいつも落ち歩いていないと、不安になるし…。

こんなに、後遺症が出るとは、思はなかった。あんなに、バカみたいに泳がず、コーチがやってくれていたように、アップと、ダウンをしっかりやりながら泳ぐべきだったと、今は後悔している。

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2007年12月30日 (日)

大嫌いな後片付けもマッキーと楽しく

とにかく、家事はメンドクサイ。買い物やら、掃除やら、本当に嫌い。会社の仕事だったら、どんな嫌な仕事も逃げずに頑張れるのに。男に生まれて、良ーく動いてくれる奥さんが欲しかったなぁ…。

ノーベル賞取られた、田中耕一さんは、皿洗いのアルバイトの時も、どうすれば、能率的に出来るかずっと考えながら、アルバイトしていたとの事。でも、たぶん、自分の家の皿洗いは、つまらないと思ってられるのでは?

私は料理をするのは、そんなに嫌では無いのだけど、その後の後片付けが大嫌い。成るべく、熱々の料理を提供したいので、最後に、鍋とかが、流しにヤマズミになってしまう…。

少し前も、イヤーな後片付けの時間だったけど、大好きなマッキーの歌を、時代遅れな、ウオークマンのカセットで、聞きながら行っていると、なんか、とっても楽しい時間に早代わり…。

歌って本当、スッゴイ!落ち込んだ気分を、すっかり変えてくれる。

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2007年12月24日 (月)

夫が病気になって、仲良しに。

夫が病気になってから、私と夫は以前より、仲良くなった。これは、私達だけの体験ではないみたい…。

以前、高校の同窓会で、糖尿病になった同級生と話をしていたら、

「よめはんが、食事にスッゴイ気を付けてくれるし、色々心配して、世話してくれるし…。ほんま、感謝してるわ。病気する前より、よめはんとは、ものすごう、仲良うなったわ。」って言っていた。

夫が、救急救命センターに入院していた時、隣のベッドに、60歳位の男性が入院していた。すこし、身体が麻痺されているようだった。その奥様が、ご主人に

「お父ちゃん、今までよう頑張ってくれたわ!有難うね。これからは、私が頑張るからね。お父ちゃんは、ゆっくり休んでや。ただ、そばにおってくれたら、ええから…。」

その言葉を、そばで聞いていた私は、思わず涙が出て来てしまった。ひねくれ者の私は、夫に向かってそんな優しい言葉、1度も言った事がない。

槇原敬之の「赤いマフラー」って歌聞いてたら、

― ずっとそばにいると思うと どうして人はいつでも

その人への思いを全部 後回しにしてしまうのだろう ―  って歌詞が心に響いた。    

そうだ、今日はクリスマスイブか。メッセッジーを付けて、夫にプレゼントを贈ってみようかなぁ。

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2007年12月 8日 (土)

「あたりまえ」じゃなくて「ありがとう」と

今日、夫は無事退院。土曜の退院になって良かった。私が土・日、仕事休みだから、家に居れるので、少しだけ安心。

夕食は、主人が食べたいと言った、ハンバーグと、コーンスープと、ポテトサラダにした。

夕食の用意をしている時、最近買った槇原敬之のアルバム「悲しみなんて何の役にも立たないと思っていた。」の、ラストの曲の歌詞が頭に浮かんできた。

繰り返すだけの毎日と 勝手に思い込んでいたけれど 

明日が必ず来るとは誰も 言い切る事など出来ないと知って

…………

なんでも当たり前にみえる 心のメガネを外したから

今日という日は神様からの 素敵な贈り物だと気づけるんだ

だから最後に付ける五つの文字を

僕はもう間違わずに書ける

「あたりまえ」じゃなくて「ありがとう」と

……

本当にそうだなぁ。今日は特に、夫と一緒に夕飯食べる事も、「あたりまえ」じゃなくて「ありがとう」と、心から思える。

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2007年12月 2日 (日)

病気になること、どう考えたら?

今日は朝から病院に行き、昼過ぎに1度、家に戻った。洗濯をしてから、スーパーに夫のパジャマを買いに行った。ちょうど、2割引セールをやっていて、スーパーの衣料品売り場はスッゴイ賑わい…。

そうか、もう12月。ボーナスが出た所も多いのだ。みんな、レジカゴ、いっぱいに、買い物をしている。それを見ていると、急に涙が出てきてしまった。ベッドの上だけが、今の生活になっている夫が、ひどくかわいそうに、思えて…。

夫のいる病棟では、夫はまだ、病状が軽い方。同室の男性の中には、食事も自力で取ることが出来ない方もいる。まだ、30歳前半ぐらいの方なので、よけいお気の毒な気がする。

世の中に起こる色々な事は、いったい、どう考えたらいいのだろう。まじめに頑張っていても、病気になったり、事故に遭ったり…。適当に、不真面目に生きている人でも、幸せに暮らしているし…。

ちょっと、ひがみ根性がですぎ?嫌な性格になってきた…。

マルチーズのムクが、そばにやって来た。ムクに向かって笑ってたら、さっきまでの、イヤな感情はどっかに、いってしまった。犬の力は、本当、すごい!

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夫が2度目の脳出血

水曜の夜、透析から帰って来た夫が、パソコンを使っていて、「なんか、手が動きにくい、口が開きにくい」と言い出した。血圧を測ってみると、上が195の値に。急いで、アダラートを飲む。いつもなら、30分位したら、下がってくるのに、1時間後でも、185も有る。とりあえず、透析をしている病院に電話し、駆けつけた。CTを取って貰うと、左脳に1.5cmの脳出血が。その病院は、脳の専門が無いので、脳出血の治療と、透析も出来る様、市民病院への入院となった。

夫は、4年前にも、右脳に脳出血を起こしている。出血の大きさは、今回よりもかなり大きかったが、幸なことに、出血場所が端の方だったので、後遺症も一切残らずに済んだ。今回は、左脳の真ん中の出血。気の毒な事に、少ししゃべりにくそうになっている。

入院してから、3度も痙攣を起こし、その度に出血が広がっていないか確認する為、CTを取るという事を繰り返した。降圧剤の点滴をずっとしているにもかかわらず、血圧が高いまま。本当にどうなるのか、不安だった。

でも、今朝からはやっと血圧も下がり、透析で3リットルの水を抜き、夕方には救命救急センターを出て、一般病棟に移る事が出来きたので、今は、すこしほっとしている所。

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2007年11月23日 (金)

「吉兆味ばなし」

先日、部屋の片付けをしていたら、ずいぶん前の本が出てきた。裏表紙を見ると、今偽装が問題になってる船場吉兆にも、少し関係のある 吉兆味ばなし 定価一千八百円  昭和五十七年五月十五日 第二刷  著者 湯木 貞一  発行所 暮らしの手帖社  とある。 

あぁ、これは、最初に勤めた大企業を出産退職するときに、部長に頂いた本だ!あの頃はまだ20代前半、花のOL時代…ちやほやされたなぁ…。

ページをめくっていると、「わが一生の大切な一食」というタイトルのところに、主婦にむけて「その日は一日しかない、わが一生の大切な一日の夕食です。どうぞ、心をくばってほしいですね」と書かれていた。少し、耳が痛い…。確かにサプリメントを飲むより、日々の食事を大切にする方が、ずっといい。

家事は苦手で、いつも手抜きだらけだけど、食事作りだけは、大切にしたい。

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